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【AGLAアーカイブス】蝶はあの世からの使者?不思議な蝶が伝える「死」と「再生」のメッセージ

AGLAアーカイブス

心と体を調える女性のためのスピリチュアルメディア『AGLA』で、とくに人気の高かったコラムを再掲する「AGLA アーカイブス」。2019年5月15日公開記事を加筆修正してお届けします。

皆さんは、蝶はお好きでしょうか。

優雅に宙を舞う、その姿は、たおやかで神秘的。

思わず時間を忘れて見惚れてしまいます。

世界には17,600を超える種が生息、そのうち日本で確認されているのは250種類ほどだそうです。

蝶の代表格的存在といえる、大型で美しい模様で知られるアゲハ蝶。

ネット界隈では、お盆にアゲハ蝶をよく見かけるけど、あれはご先祖様なのでは?何か、スピリチュアルな意味があるのでは?と書かれているのが散見されます。

その実は一体どうなのでしょうか?

愛する人と「蝶」

数年前、お客様から素敵なお話を伺いました。

ご自宅のソファーの上に突然「蝶」が現れたので、どこからか部屋の中に紛れ込んだのだと思って、そっと手で包んで外へ逃がしてやろうとされたそうです。

しかし「蝶」は一向に手の平から飛び立たず、指にしがみついたまま離れようとしないというのです。

そのまま仕方なく、部屋の中に連れ戻り蜂蜜を与えると、嬉しそうに蜂蜜を吸ったそうです。

その日はその方の部屋で一夜を過ごし、朝一番でもう一度蜂蜜を与えて、外へ放してあげると頭上を一周旋回した後に飛び去って行ったのだそうです。

その方は「蝶」が力強く指を掴んだ感触が忘れられない、それはきっと亡くなったばかりのお祖母さんに違いないと思われたそうです。私もそれは間違いなく、その方のお祖母さんであると確信しています。

そんな話を聞くと多くの方が、亡くなった人が「蝶」になって現れるなんて迷信だと一笑に伏すのかもしれません。

そこで「蝶」について書いてみようと思い立ったのです。

「蝶」になって現れた亡き父

先述のお客様のお話と重なりますが、実は私自身が、数年前のお盆にとても不思議な蝶に纏わる体験をしたのです。

私は亡き父の遺骨をお墓や納骨堂などに納めずに「手元供養」と呼ばれる方法をとって自宅に安置しています(祖父や祖母などのご先祖様のお墓はあります)。

お盆の迎え日である8月13日の夕方、部屋の中で寛いでいるとベランダのガラス越しに何かがヒラヒラと舞っているのに気付きます。よく目を凝らして見てみるとそれは蝶でした。

昔から蝶は亡くなったご先祖様がその背中に乗っているんだとか、亡くなった者が姿を変えて蝶になっているのだという話を聞きます。ですから、それを見てすぐに「父が帰って来た」のだと思い、ゆっくりと蝶の動きを観察しながら近づき窓を開け放ちました。

すると、その蝶は何の躊躇いもないかのように部屋の中に真っ直ぐ入って来て、部屋を3周ほど舞い飛んだ後で、父の骨壷の上に止まったのです!

時折、黒地に白の帯のある気品のある羽根をゆっくり閉じたり、開いたりしながら、まるで旅に疲れた羽根を休めるかのように、そこに佇んでいるんです。

その様子を見て尚更「これは間違いなく父だ…」そう確信しました。

蝶は何時間でも、父の骨壷に止まったままです。無下に捕まえて外に逃がすわけにもいかなくなりました。その日は、そのままにして部屋の明かりを消し床に着いたのです。

翌朝、起きてすぐに骨壷を見に行きましたが既にそこには蝶がいません。

寝ている間、室内を飛び回って、どこか違う場所に止まっているのではないかと、ありとあらゆる場所を探しましたが蝶はついに見つかりませんでした。

勿論、しっかり戸締りをしているので、室内から外に出ることは出来ません。家具の隙間なども、くまなく探したのですが、痕跡すらなかったのです。

蝶という姿を伴って帰って来た父は、息子の元に辿り着いた時点で、既に蝶としての姿を留めておく必要がなくなったのでしょう。

蝶の姿を取るということ、そのものが一つのメッセージ性を含んでいるように感じられます。

肉体を持たない霊として家族に会いに来ることも出来るのでしょうが、それをせず蝶の姿を取るということは、紛れもなく生きている人間に「視認」させようという意図がある証拠です。

その蝶を見て、愛する亡き家族を想像する人と、全く想像すらしない人がいるでしょう。

「蝶」を見て「我が愛する家族が会いに来てくれた」と想像する心にこそ霊性が宿るのですし、その想像力こそが、ひたむきに何かを信じ、愛し、許すことにも繋がります。

霊達はきっと、私達のそうした想像力を掻き立て、あちらの世界から愛あるメッセージを送っているのかもしれません。

そうしたメッセージに気付ける人間でありたいと切に思います。

「蝶」になって現れるのは人だけではない?

私の自宅近くの河川敷には公園があり、そこを毎日のようにランニングをしたり、散歩をしたりします。その公園には野良猫たちが住み着いているのですが、どの猫も警戒心が強く滅多なことでは人に近寄ってきません。

私は無類の猫好きなので、河川敷を通る度に猫の姿を探してしまいます。ある時、ランニングを終えて河川敷にあるベンチに腰を掛けて一休みしていると、キジ猫が近付いてきて私の足元で仰向けに寝そべり、お腹を見せました。

猫好きの方ならお分かりの通り、よほど慣れている猫か、飼い猫しか見せない姿です。

人への信頼感や安心感がベースにあってこそのポーズですから、初対面の猫が足元でこのようなポーズを取ったことに驚きました(勿論、お腹が空いていて、餌が欲しいがためにそうした…ということも考えられなくはないのですが)。

私が、仰向けになったそのお腹をそっと撫でてやると、そのキジ猫は気持ち良さそうに身を任せます。目を閉じて喉をゴロゴロ鳴らしてリラックス。

しばらく、そうやって身を任せた後、スッと立ち上がったかと思うと次の瞬間、私の膝の上に乗って座り込み、腕にしがみ付いて来たのです。

こんなに人懐っこい野良猫は初めてです。

もう帰らなきゃいけない時間だからと、抱きかかえてソッと足元に置いても、また再び膝の上にジャンプして来ます。仕方なく、私は1時間ほど自分の膝を初対面のキジ猫に提供しました。

それ以来、このキジ柄の猫との交流が始まるのです。

キジ猫なので勝手に「キジ」と名付けました。

ランニングや散歩に出掛ける度に、挨拶を交わし、膝に乗せてあげる。姿が見えないと気になってしまい「おーい、どこ行った?」と呼ぶとすぐにどこからともなく私に駆け寄って来ます。そんな無性に愛おしい猫だったのです。

半年ほど、毎日のようにこのようなコミュニケーションが続いたのですが、河川敷を歩く人たちの話し声が漏れ聞こえて来ました。

「最近、キジ柄の猫がこの辺りで死んでいた」と。

私は「あいつのことかもしれない!」と不安になり、いつものように呼び掛けましたが、全く反応がありません。

野良猫ですから、あちこちに移動するでしょうし、たまたまどこかにお出かけしているに違いない。また日を改めて探してみよう。そう思ってキジを探し続けて約1ヶ月。やはりあのご近所の人たちの会話は本当だったんだと、キジとの半年間の交流を心の中で振り返りました。

それ以来、河川敷を通る度に、キジとの交流が頭をよぎり寂しい気持ちになります。

ある時、いつもキジが膝の上に乗って来ていたベンチに腰を掛けて休んでいると、視界の先にキジ柄の子猫が二匹遊んでいるのが見えました。こんなところで子猫を見掛けたことなんてありません。寂しかった気持ちが少し綻びました。

よく見るとその子猫二匹は黒い蝶と遊んでいるのです。

黒い蝶は子猫から逃げているというよりも、自ら子猫に近付き戯れているように見えます。なんとも不思議な光景です。時折、子猫の頭の上にとまったりしてからかっているようです。

それを見て、もしかするとあの黒い蝶は私が半年間に渡って交流を続けたキジで、あの子猫たちは”キジ”の子供たちなのではないかと思ったんです。

すると次の瞬間、さらに不思議なことが起こりました。

子猫たちと戯れているように見えた黒い蝶が、真っ直ぐに私の方に向かって飛んで来るではありませんか!そして私のすぐ目の前まで来ると頭上を数回旋回した後で、私の膝の上にとまったのです!

偶然かなと思ったのですが、その黒い蝶の羽根に触れても飛び立とうとも、逃げようともしません。リラックスしているように羽根を休めているのです。

私は、あのキジに違いないと感じて、目頭が熱くなりました。

不意に私達の元に現れる蝶は、本当にご先祖様だったり、亡くなった愛する人達、またはペットの変化した姿なのでしょうか。

【後日談】2022年8月13日追記

キジ亡き後、キジの血を引く子猫たちを含め、辺り一帯に住む野良猫たちが心無い人から、毒を盛られた餌を食べて死んでしまうという悲しい事件が起きました。

その後、瀕死の状態だった1匹(キジの子ども)を発見、救出。何とか一命を取り留めました。それ以降、地域に住む野良猫たちが心無い人から迫害を受けないよう、毎夜パトロールをし、給餌などの世話やTNR(捕獲して、避妊去勢手術を行い、元いた住み慣れた場所にリリースする活動のこと)を行う活動を始めました。

こんな取り組みをするようになったのも、キジのおかげです。
ありがとう、キジ。

漫画家・水木しげるさんの戦場での体験

私が印象深く記憶している蝶の逸話に、漫画家の故水木しげるさんのお話があります。

水木さんは20歳になると徴兵検査を受け、21歳で召集令状が届きます。歩兵第229連隊所属となった後、戦地ニューブリテン島ラバウル(パプアニューギニア領)に送られます。

当時のラバウルは日本軍が占領しており、ニューギニア本島への前線基地として10万人近い大軍が配置されていましたが、連合国軍の攻撃によって連日空襲や戦闘が繰り広げられていました。

水木さんは放浪癖があり、こっそり兵舎を抜け出しては、ラバウルの豊かな自然に魅せられながら森の中をふらふらと歩き続けます。ガジュマルの木が生い茂った林を通り抜けて、とある一軒の家の前までたどり着くと水木さんは足を止めるのです。

その家の周りには数知れないほどのハイビスカスが咲き乱れていたのです。そのハイビスカスの花の中に1人の美しい少女が立っています。少女の名は「エトラリリ」。

この日の出会いをきっかけに水木さんは、この場所へ足しげく通うようになっていきます。

ハイビスカスに囲まれた少女の家にも招かれるようになった水木さんは、そこに暮らす家族とも打ち解けていきます。家族は精一杯のご馳走でもてなし、帰りにはお土産を持たせてくれたりもしました。

水木さんとエトラリリそしてその家族との交流はその後もしばらく続きました。そして終戦、日本へ復員した水木さんは美術学校に進んだ後、漫画家としての地位を築いていきます。

『水木しげるの不思議旅行』

復員して30年ほど経ち、ラバウルでの思い出も薄れかけた頃、散歩の途中で商店街の一角の花屋の店先にある小さな鉢植えのハイビスカスを見つけます。

ハイビスカスに近寄って小さなその花を見つめていると、忘れかけていたエトラリリと過ごした南の国での甘酸っぱい気持ちが、胸の奥から蘇って来たそうです。

水木さんは、店先に置いてあったハイビスカスを全部買い占めて自宅へ戻りました。

庭に10数個のハイビスカスの鉢植えを並べて、その真ん中に腰を下ろしていると一匹の黄色い蝶が突然現れます。

黄色い蝶はハイビスカスの花から花へ思いのままに飛び回り、空高く舞い上がっては、また舞い戻って花と戯れます。一向にハイビスカスから離れようとしません。

翌日も、またその翌日も、毎日のように同じくらいの時刻になると、黄色い蝶が現れました。

水木さんは予感めいたものを感じ、エトラリリの家の近くに住んでいた村長に手紙を出します。

村長からの手紙の返事を待っている間に、大切に育てていたハイビスカスは少しずつ枯れていきます。全てのハイビスカスが枯れてしまった頃、ようやく村長からの返事が届きました。

「エトラリリは、ふた月前に死んだ」

水木さんの予感は当たっていたのです。エトラリリの住む村には「死ねば蝶になる」という言い伝えがあったそうです。

エトラリリは水木さんに会うためにパプアニューギニアから黄色い蝶となって飛んで来たのでしょう。水木さんに散歩をさせ、ハイビスカスを見つけさせたのもエトラリリなのかもしれません。

水木さんは、こんな回想もされています。

「ぼくたちの部隊が玉砕した場所に、生き残りの三人が赴き、墓をたてて酒をかけたところ、どこからともなく蝶がとんできて、その墓にじっととまっていたことがあった」

「水木しげるの不思議旅行」水木しげる著 中公文庫より

滑落した知人を救った「蝶」

私自身も、こんな話を知人から聞いたことがあります。

その方を仮にAさんと致しましょう。

Aさんはある山に登頂するために、山小屋泊を含めた四泊五日の行程で縦走を始めました。

その行程の途中で天候が急変し、視界を遮られて山小屋にたどり着けないまま夜が訪れてしまい、その場でビバーク(緊急避難的に野外で一夜を過ごすこと)せざるを得なくなります。

装備は完璧でしたが、疲労と寒さで体力が奪われる不安にかられます。

何とか孤独な夜を耐え抜き、朝を迎えましたが視界の悪さに変化はありません。

焦っていた彼は早く山小屋に着きたいと、身支度を整えて先を急ぐ決心をします。しかし、彼は足を滑らせて滑落してしまいます。

幸いそれほど高い場所からの滑落ではないようで、大きな怪我もありません。

しかし滑落したせいで登山道から大きく外れてしまっています。未だ視界が悪い中で闇雲に動くと遭難してしまう。そう思った彼はそこでしばらく体力が回復するのを待つことにします。

刻一刻と時間だけが流れます。天候が回復しないことと、登山道を大きく外れてしまった不安、身体の痛みが、彼を焦らせます。

すると目の前の岩肌に一匹の蝶が羽根をゆっくりと動かしながら止まっていることに気付きます。蝶はしばらく岩肌に止まっていましたが、数分もするとフワッと舞い上がりました。

何故か彼は「この蝶について行かなきゃ」と思ったそうで、重たい身体を引きずって舞い上がった蝶を追いかけ始めます。少し進むと、蝶はその動きをピタリと止め、また少し進むと、また止まる。彼がちゃんとついて来ているか気遣いながら確認でもしているかのようだったそうです。

どのくらいそうやって蝶の先導で歩いたことでしょう。気付くと見慣れた場所にたどり着いていました。昨日歩いた登山道です。彼はここから元来た道を戻り、山小屋に避難することが出来ました。

下山して調べてみると、ビバークした翌朝に滑落をした現場が判明しました。

そこは何と、数ヶ月前に遭難者が息絶えていた場所だったのです。しかもあの蝶が止まっていた岩肌に寄りかかるように遭難者は亡くなっていたのでした。亡くなった遭難者が蝶となって、自分の二の舞にならないように知人の命を守ってくれたのでしょう。

亡くなった者が蝶となって愛する家族の元を訪れたり、時には全く縁も所縁もない人を助けたり、という体験談は意外に多いものです。

またその蝶が「亡くなった者」であるという確信を得るに値する不思議な事実の数々もあります。

実は「蝶」はあの世でも、多くの人々にその姿を見せているのです。

「臨死体験」と「蝶」

『プルーフ・オブ・ヘヴン 脳神経外科医が見た死後の世界』

脳神経外科医のエベン・アレグザンダー氏は突然、細菌性髄膜炎に罹患し昏睡状態に陥った際に「臨死体験」をしています。

この時に無数の蝶が飛び交う、あの世と思われる世界(そこは田園風景でエベン・アレグザンダー曰く”ただ美しい、夢のような世界”)で、一匹の蝶の羽根に乗った女性が言葉を介さずに語りかけて来た様子が著書「プルーフ・オブ・ヘヴン」に書かれています。

その蝶の羽根に乗った女性は「あなたは永遠に、深く愛されています」「恐れるようなことは何もありません」「あなたのすることには、ひとつも間違いはありません」と語ったそうです。

「蝶を放つ」の著者である長澤靖浩氏もコンサートの鑑賞中に突然の心室細動に見舞われ13分間に渡り心拍停止となり「臨死体験」をしています。長澤氏もエベン・アレグザンダー氏と似た経験をされています。

『蝶を放つ』

この「臨死体験」をしたお二人の著作の表紙には印象的な蝶がデザインされています。  

「蝶」はあの世からの使者?

死後の世界を垣間見た人々が、花畑に舞う無数の蝶を見たという話は多いものです。「蝶」は遥か昔から「死」と「復活(再生)」の象徴とされています。

これは私たちが通常考える肉体が滅びるという意味での「死」や、生き返るという意味での「復活(再生)」ではありません。蝶は卵から幼虫となり、そして蛹から成虫へと”完全変態”を遂げて美しい蝶へと成長を遂げます。

この変態の様子が人間でいう霊魂の「輪廻転生」を表していると昔の人は考えたのでしょう。つまり「霊的な進化」とも言い換える事ができるでしょうか。

人にとって「死」は「終焉」であるのと同時に「始まり」でもあります。「生」と「死」は常に一体であり、蝶はその象徴でもあるのです。

現在の私達は、卵であるのか、幼虫であるのかは分かりません。

しかし、進化の途中であることに変わりはありません。苦しさ、悲しさ、寂しさを日々経験していくことで、優しさや慎ましさを学び、人を信じたり、愛したり、許したりすることを習得していきます。

その経験の幅や学びの質に応じて、私達は肉体が滅んだ後、卵から幼虫へ、幼虫から蛹へと霊的な進化を遂げていくのだと思います。

蛹から羽化して蝶となった時、私達は蝶の姿のまま愛する家族へメッセージを送るために、この世を訪れるのかもしれません。

このことを古代の人々は本能的に認識していたのではないでしょうか。そしてその観念が長年に渡って積み重ねられ、それがあの世にも投影され蝶が私達の元に、その象徴として姿を現しているのではないかと思うのです。

「死」と「蝶」の関係性

「死ぬ瞬間 死にゆく人々との対話」などの著作で有名な今は亡き精神科医エリザベス・キューブラー・ロスは「死」というものについて人生をかけて追求した女性でした。そんな彼女も「死と蝶」についての関係性に興味を持っていた1人です。

彼女の著作によると、ユダヤ人大量虐殺の舞台となった収容所の壁一面に無数の蝶の絵が描かれていたというのです。

日々迫り来る「死の恐怖」に苛まれた人々がどんな思いで蝶の絵を描いたのでしょうか。この絵を見た彼女は「蝶の謎」について探求を始めます。

私たちの目の前に、突然現れる不思議な蝶が本当に愛する家族なのか、あの世からの使者であるのか。それは実際に不思議な蝶に出会った時に去来する心のざわつきや愛おしさ、感動だけが証明し得るものです。

蝶は私たちが住む生者の世界と、あの世とを繋ぐ架け橋であることは間違いなさそうです。

これから貴方の前に「蝶」が不意に姿を見せたら、先に逝ってしまった貴方の愛する人だと思って話しかけてみてはどうでしょう。

因みに以前の公式サイトのシンボルは「青い蝶」だったのを思い出しました。

参考文献

『水木しげるの不思議旅行』第14話「蝶になった少女」より 水木しげる(中公文庫)
『プルーフ・オブ・ヘヴン–脳神経外科医が見た死後の世界』エベン・アレグザンダー(早川書房)
『蝶を放つ』長澤 靖浩 (鶴書院)
『人生は廻る輪のように』エリザベス・キューブラー・ロス(KADOKAWA)

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SPIRITUAL WELLNESS MAGAZINE “PRASADA”運営者。
フリーライター・占術家。

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